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福岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)97号 判決 1969年6月20日

原告 西津重利

被告 北九州市長

訴訟代理人 上野国夫 外九名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は「被告の原告に対してなした昭和四三年七月一一日付の雇入拒否処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

二、被告訴訟代理人は本案前の答弁として主文同旨の判決を求め、本案に対する答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の主張

一、原告は、昭和三〇年二月頃から、職業安定法(以下職安法と略記する)二七条により失業者就労事業紹介対象者に認定され、北九州市門司区(五市合併前に門司市)において失業対策事業に就労してきたものであり、被告が長である北九州市は緊急失業対策法(以下失対法と略記する)三条一項の事業主体であり、同法一一条に基き失業対策事業の管理運営の責任者である。

二、ところで被告は、昭和四三年七月一一日、全日本自由労働組合福岡県支部門司分会事務所において、北九州市門司区失業対策課主査佐藤敦を通じ、原告に対し、同日以降の原告の雇入を拒否する旨の処分の通告をした。

三、しかしながら、右雇入拒否処分は違法であるから取り消さるべきである。即ち、

1、被告は、先に北九州市が失対法一一条および失業対策事業運営管理規程準則(昭和三八年九月三〇日発職第一七六号労働事務次官通牒)に則り作成した北九州市失業対策事業運営管理規則(昭和三九年北九州市規則第二一号)(以下市運管規則と略記する)一四条五号に基いて、原告に対し雇入拒否処分をしたわけであるが、原告には同号に該当する事由が全く存しない。

2、のみならず、前記準則は労働条件の決定に国が直接介入して労使の自主交渉を妨げ、労働条件のレベルを一定の線以上に改善向上することを画一的に禁止することを主旨とするものであつて、労働基準法二条、労働組合法一条および右準則が就業規則としての性質を有する故、労働基準法九〇条、九二条の各規定に反する違法なものであり、従つて、右違法な準則に準拠する市運管規則も違法であるから右運管規則は雇入拒否処分の根拠となり得ず、前記雇入拒否処分は根拠を欠くに至り違法である。

3、さらに、原告は失業対策就労事業労働者で組織する全日本自由労働組合福岡県支部門司分会の書記長であるが、北九州市が昭和四三年五月二七日頃から市運管規則を実施に移して来たため、組合門司分会は、従前に勝ち取つた一切の権利が否認される結果となるのを免れようと、北九州市に対し分会との団体交渉を要求した。しかるにこれを拒否されたことから、組合門司分会は、右運管規則の実施に反対してその運動を進めて来たのであつて、前記雇入拒否処分は、原告の右正当な組合活動を理由とするものであるから違法である。

以上の次第で雇入拒否処分はいずれにせよ違法な処分として取消しを免れ得ないので、前記の裁判を求めるわけである。

四、なお、被告の本案前の主張は、左記のとおり、いずれも理由がない。即ち、

1、(雇入拒否処分の行政処分性について)

失業対策事業の就労者は公法である失対法一〇条の規定により一定の資格要件があり、他方失業対策事業の事業主体は失対法二条一項、三条一項により国又は地方公共団体等と規定されている。

そして就労者の賃金は失対法一〇条の二、一項の規定により労働大臣が決定し、その他の職場における労働条件は、同法一一条の規定により、事業主体が労働省令で定める前記運営管理規程準則に依拠して一方的に決定することになつている。

しかも事業主体は失対法一条の目的達成のため、失対事業を計画実施することを義務づけられている。

従つて、事業主体は就労者が失対法一〇条の要件をみたす限り就労者を使用する義務があり、就労者の「申込」に対し「承諾」するということで雇用関係が決定されるものではない。

以上のように北九州市には優越的な法的地位が認められ、原告に対する前記雇入拒否処分は、その首長である被告が前記準則に依拠して作成された市運管規則に基き一方的に行つたものであるから、それが行政処分であることは明白であつて、業務の内容が私企業の場合と同様だからというだけでは行政処分性を否定する根拠とはなり得ない。

2、(原告適格について)

門司港労働公共職業安定所が原告を昭和四三年七月二九日から北九州市の失業対策事業へ紹介しない方針を採つているとの点は否認する。

仮に、右のような事実があつたとしても、被告の雇入拒否処分が、いつ、いかなる方法をもつて撤回されるか明らかでない限り、門司港労働公共職業安定所がさらに紹介を開始しても、原告は失業対策事業に現実に就労することが不可能であり、その結果、賃金が貰えず原告の生活は危殆に瀕する。

従つて、原告には行政事件訴訟法九条の原告適格が存在する。

第三、被告の本案前の主張および認否

一、本件訴は左の理由により不適法であるから却下されるべきである。即ち、

1、(雇入拒否処分の行政処分性について)

失業対策事業における一般就労者の雇入の性格は、求職者と求人者間における私法上の労務提供契約と異なるものではない。それは日々雇い入れられる労務者が全く現業員であつて、従事すべき労務の種類には特殊能力を必要としないこと、事業はできるだけ多くの労働力を使用するものであること等、当事者の能力、提供すべき労務の性格などからして、その雇用関係は純然たる私経済的関係であることが窺われる。勿論、失業対策事業はその本来の目的からある程度の制約を受けるけれども、それらは事業の目的から、事業運営に対する反映であつてそのために雇用契約自体の私法的性格を左右するものではない。もとより失業対策事業就労者は、地方公務員法上の特別職であるが、その勤務関係については同法の適用を全面的に排除されており、一般職の地方公務員のように法的規制はないので、私企業におけるそれと何ら本質的に異なるものではない。従つて、その雇入の拒否は行政事件訴訟法三条二項に規定する行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為ではなく、その取消しを求める本件訴は行政事件訴訟法の抗告訴訟の対象とはならない。

2、(原告適格について)

原告は本件取消請求の訴の利益を有しない。蓋し、原告は門司港労働公共職業安定所の方針として、昭和四三年七月二九日から北九州市失業対策事業へ紹介されていない。従つて、事業主体たる北九州市はたとえ前記雇入拒否の行為について、取消しがあつても、北九州市失業対策事業へ紹介されない限り、原告を雇い入れるに由ない。故に、事業主体から直ちに雇い入れられる可能性が発生しないので、本訴は法律上の利益がないから行政事件訴訟法九条の原告の適格がない。

以上の理由により本訴は却下を免がれない。

二、原告の主張一項について

原告が昭和四三年七月一〇日まで北九州市門司区において失業対策事業に就労した事実のあること、北九州市が失対法三条一項の事業主体であることは認める。その余の事実については不知。

三、同二項について

原告主張の日、場所において、北九州市門司区失業対策課主査佐藤敦が原告に対し雇入拒否をしたことは認める。但し、同日以降の雇入拒否をしたことは否認する。

四、同三項について

北九州市が原告主張の法令に基いて市運管規則を作成し(昭和三九年五月二一日公布、施行)、これにより失業対策事業の運営管理をしていることおよび昭和四三年五月中旬頃、原告の属する労働組合より交渉の申出があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、原告が同年六月二五日から七月九日にかけて数回に亘り、被告の命により失業対策事業を査察中の北九州市職員に対し暴行、脅迫を加え、或いは傷害を負わせたので、市運管規則一四条五号に則り、その雇入を拒否したものである。

第四、証拠<省略>

理由

原告は、被告が、昭和四三年七月一一日、失業者就労事業紹介対象者である原告に対し、失業対策事業の一である失業者就労事業(事業主体は被告が長である北九州市)への雇入を拒否したことを公権力の行使に当たる行為であるとして、その取消しを求めるので、本案を審理するに先立ち、まず右雇入拒否の行政処分性について判断する。

そもそも失対法は、多数の失業者の発生に対処し、失業対策事業および公共事業にできるだけ多数の失業者を吸収し、その生活の安定を図るとともに、経済の興隆に寄与することを目的とするところ、同法のもとでの失業対策事業には失業者就労事業と高令失業者等就労事業との二種があるが、いずれも国の施策として、他の雇用失業対策によつては処理しえない失業者に最終の就労の機会を与え、失業者を最終的に吸収するために、国又は地方公共団体等が事業主体となつて実施する事業であるという性格を有する。

しかし、右失業対策事業における雇用関係が私企業におけるそれと実質的に何等異るものでないこと、被告が本案前の主張一項の1において述べるとおりであり、ただ同事業の特殊性から、失対法においては、右の失業者就労事業に就労する労働者を、技術者等特別な者を除き、公共職業安定所(以下職安と略記する)の紹介する失業者、しかも職安所長が職安法二七条一項の規定により指示した就職促進の措置を受け終つた者で、引き続き誠実且つ熱心に求職活動をしている失業者に限定し(失対法一〇条一、二項)、また職安所長は、昭和三八年一〇月一日労働省職業安定局長通達七七七号に基き、これが紹介業務の運用上、失業者であり失対法一〇条二項に定める要件を満たし労働能力を有することの各項目について予め一般的に判断し、これら各項目に適合する者を失業者就労事業紹介対象者として、その求職票を別途区分する(通達上認定と呼ばれている)など特別の取扱いをしていることが窺われる。

しかし、労働者が職安所長によつて右のように失業者就労事業紹介対象者と認定され、職安より事業主体へ紹介されたからといつて、右労働者は事業主体に対して失業者就労事業に就労し得べき格別の具体的権利乃至法律上の地位を取得し、他方事業主体は労働者に対し失業者就労事業に就労させるべき具体的義務を負うとみるべきではない。蓋し、法が失業者就労事業に就労する労働者を失業者、それも一定の範囲の失業者に限つたのは前記失対法の目的並びに失業対策事業の性格から来るものであり、また紹介対象者の認定は日々紹介のさいの判断の煩或いは不可能を避けるため実務運用上便宜的に行われているにすぎず、右労働者と事業主体との関係は、失対法二条が「就業の機会を与える」と規定し、地方公務員法三条三項六号が「地方公共団体に雇用された場合」と規定していることからも明らかな如く、一般労働市場における職安より企業に紹介された求職者と企業との関係と異らず、従つて労働者を雇い入れるか否かは事業主体の判断に委ねられているというべきだからである。

もつとも、前記失対法の目的に照らし、事業主体はできるだけ多数の失業者を吸収しその生活の安定を図るべきものであるから、職安より紹介された労働者に対し、みだりにこれが雇入を拒否することの許されないことはいうまでもないところであり、現に事業主体は同法一一条に則り運営管理規定を定め(北九州市の場合は昭和三九年北九州市規則第二一号北九州市失業対策事業運営管理規則)、右規定中において(北九州市の場合は右規則第一四条)、職安から紹介を受けた労働者について、事業主体がその雇入を拒否することができる場合を具体的に列挙している。しかし、これも右失業対策事業の性格から由来する制約を事業の適正な実施運営の指針として明文化したものにすぎず、そのことから反射的に労働者が右列挙の場合にあたらないとき、事業主体がこれを雇用すべき義務を負担し、当該労働者に就労の権利を与えたものとまでいうことはできない。

そうだとすれば、仮に原告主張の如く、被告が昭和四三年七月一一日、失業者就労事業紹介対象者である原告に対し失業者就労事業への雇入を拒否したことがあつたとしても、右雇入の拒否は何ら原告の権利若しくは法律上の地位に影響を及ぼすものではなく、行政事件訴訟法三条二項の行政庁の「公権力の行使に当たる行為」と解することはできない。

よつて、本件訴は、本案の審理に入るまでもなく、不適法として却下すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 権藤義臣 油田弘佑 三宮康信)

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